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東京地方裁判所 昭和43年(行ウ)142号 判決 1971年4月19日

原告 東京富士フツコール株式会社

右代表者代表取締役 山口智

右訴訟代理人弁護士 尾崎昭夫

被告 東京都渋谷区税務事務所長 小川幸次郎

右指定代理人 関本正

<ほか三名>

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判

一  原告

「被告が昭和四二年七月一二日付をもってした原告の昭和四一年五月分の軽油引取税の更正処分および過少申告加算金の決定処分は、いずれもこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

二  被告

主文と同旨の判決

第二、当事者双方の主張

一  原告主張の請求の原因

(一)  原告は地方税法(以下単に法と表示する。)第七〇〇条の二第一項第三号に定める軽油等の特約業者であり、同条の一一第一項の規定により自己の営業所において直接管理する軽油等の引取に対する軽油引取税の特別徴収義務を負うものである。

(二)  原告は昭和四一年六月三〇日被告に対し、法第七〇〇条の一一第五項に基づき、同年五月における軽油引取税がない旨の申告書を提出したところ、被告は昭和四二年七月一一日付で課税標準量を一〇〇・九八キロリットル、税額を金一五一万四七〇〇円と更正し、かつ、過少申告加算金七万五七〇〇円を賦課する旨決定をした。

原告はこれに対して同年八月一一日付で東京都知事に審査請求をしたところ、同知事は昭和四三年四月二六日付で棄却の裁決をなし、右裁決書の謄本は同年五月一日原告方に送達された。

(三)  しかし、本件更正および決定は違法であるから、その取消しを求める。

二  被告のこれに対する認否ならびに主張

(一)  請求原因(一)(二)の各事実は認め、(三)の主張は争う。

(二)  (被告の主張)

1 原告が昭和四一年六月三〇日に被告に提出した同年五月分の軽油引取税納入申告書には、次のとおりの記載があった。

(ア) 五月中における軽油の引取数量 一一四キロリットル

(イ) 五月中における軽油の引渡数量 一一四キロリットル

(ウ) 法第七〇〇条の三(第一項かっこ書き)の規定によって除外される軽油の数量                    一一四キロリットル

なお、原告は、右申告書に添付して、右(ウ)の課税除外軽油の数量を証する書類を提出した。

右添付書類によれば、

(A) 東京都葛飾区小管一の六の一六所在日本更正産業株式会社(法第七〇〇条の二第一項第二号にいう元売業者)に対する引渡数量は一二キロリットル

(B) 同都三鷹市牟礼南原一、七九六所在信濃工業株式会社(右同様元売業者)(以下単に信濃工業とも表示する。)に対する引渡数量は一〇二キロリットルということであった。

2 右申告書を受理した被告は、通常の事務処理の手順に従って、東京都主税局課税部長あて、前記添付書類の写を課税除外の事実を調査する資料として送付した。

3 右資料の送付をうけた課税部長は、前記軽油の引渡先を管轄する税務事務所長ら(葛飾税務事務所長および北多摩南部事務所長)に対し、前記申告の事実を通知した。

4 右通知をうけた北多摩南部事務所においては、右通知資料と信濃工業の納入申告書記載事項とを照合したところ、不符合を発見した。

すなわち、信濃工業においては、昭和四一年五月中に三〇〇キロリットルの軽油を台東区台東一の七所在新日本石油株式会社(特約業者)(以下単に新日本石油とも表示する。)へ引渡しているが、これは千代田区鍜治町二の一六所在中川鉱油株式会社(特約業者)から引取った三〇〇キロリットルの軽油をそっくりそのまま引渡したものであり、原告から一〇二キロリットルの軽油を引取った事実は認められなかったのである。

なお、これとは別に、葛飾税務事務所長あてに通知された原告の前記申告書添付記載事実については不符合はなかった。

5 そこで、北多摩南部事務所においては、信濃工業を調査したところ、同社には昭和四一年五月中に原告から一〇二キロリットルの軽油を引取った事実を証する書類はなかったばかりか、同社では、積極的にこの事実を否認し、右引取事実がない旨の申立書を北多摩南部事務所長あて提出した。

6 次に被告は、右事実に基づき、昭和四二年三月二七日、原告を調査した。

しかしながら、やはり、前記軽油の引渡しの事実を証する書類を発見できなかった。

なお、被告は、その後においても、原告に対し右引渡しの事実を証する書類の提出または呈示を求めたが得られなかった。

7 結局原告は、前記一〇二キロリットルの軽油を訴外石寺某又は新日本石油(いずれも元売業者ではない。)に引渡したものである。

8 被告は、昭和四二年七月一二日付で、原告に対し、左記のとおり、法第七〇〇条の三〇第一項の規定による更正および法第七〇〇条の三三第一項の規定による過少申告加算金額決定の処分を行なったものである。

課税標準量 一〇〇・九八キロリットル

税率    一キロリットルにつき        一万五〇〇〇円

税額                    一五一万四七〇〇円

過少申告加算金(不足税額の五パーセント)    七万五七〇〇円

納期                   昭和四二年七月二八日

(註)課税標準量は、法第七〇〇条の一一第三項に基づく法施行令第五六条の六により、引渡量一〇二キロリットルから、その一パーセントに相当する欠減量を差引き算出されている。

三  被告の主張に対する原告の認否および反論

(一)  被告の主張事実中1の事実は認める。2ないし5の事実は知らない。6の事実中被告より原告に対して調査がなされた事実は認めるがその余の事実は知らない。7の事実は否認する。8の事実は認める。

(二)  (反論)

1 原告が被告に対して提出した申告書は、法第七〇〇条の一一第五項に基づく申告書であって、同条第二項によるものではない。しかして、これに対する本件処分は、法第七〇〇条の三〇第一項に基づくものとされているけれども、同項の規定するところによれば、「第七〇〇条の一一第二項の規定による納入申告書……の提出があった場合」にはじめて更正ができるのであって、本件のように法第七〇〇条の一一第五項によって無納入申告書を提出した場合には、更正処分によることはできないのである。この場合は、法第七〇〇条の三〇第二項による決定をなしうるにすぎない。本件更正はこの点において違法である。

2 かりに、本件において更正による課税が許されるとしても、原告が提出した無納入申告書には、本件更正処分の対象となった信濃工業に対する一〇二キロリットルの軽油のほかに日本更正産業株式会社に対する一二キロリットルの軽油の引取りに関する申告も含まれていた。ところが、本件更正処分は右のうち信濃工業に対する部分のみに限定してなされたものであるが、一つの無納入申告に対して更正処分が許されるというのであれば、右申告中正当と認めた日本更正産業株式会社に対する部分の正当性をも認め、これをも含めた申告全体に対する一つの更正処分をなすべきである。それにも拘らず、本件更正処分は、前記のとおりその実質が決定処分であるから、形式的にも決定処分の形がとられ、更正処分の要件を充たしていないのである。本件更正処分はこの点においても違法である。

3 のみならず、本件更正処分は、その理由が不明である。本件更正等の通知書によると「更正、決定の理由。地方税法第七〇〇条の三〇第一項の規定による更正および第七〇〇条の三三第一項の規定による加算金」とあり、審査請求に対する裁決書謄本によると、「信濃工業が請求人から本件軽油を引取った事実は認められない。そうすると、本件軽油は信濃工業へ引渡したものであり、したがって、本件軽油にかかる軽油引取税の納入義務はない旨の請求人の主張は理由がない。」というのである。

ところで、本件処分の対象となった軽油一〇二キロリットルは、特約業者である原告から元売業者である信濃工業に引渡したものであって、法第七〇〇条の三第一項かっこ書によって非課税の引取である。原告はその趣旨で無納入申告をしたのであり、被告はこれに対し本件更正処分をしたのである。このような場合は、その理由において引取先を明示して何故に課税対象と認定されたかを十分説明しなければならないこと当然である。本件更正処分のように単にその根拠条文を示すだけでは理由を付さないのと同然である。その点において、審査請求に対する裁決は、ある程度理由を示すべく努力しているかのようである。しかし、いずれにしても原告には本件更正処分によるも裁決によるも更正処分を受けた理由が分らないのである。従って、かかる更正処分はその理由を示さない違法があるというべきである。なお、本件のごとき更正処分につき、地方税法上とくに理由の附記を必要とする旨の規定がないことは、被告指摘のとおりであるが、東京都都税条例施行規則第三八条によれば、更正・決定の通知は、更正・決定等通知書による旨規定され、これをうけて、第一二〇号様式として「」の様式が制定されている。しかして、この様式には「更正・決定の理由」欄が設けられている。かように、都条例が、理由を付すべき通知書を明定し、一般に理由を記入している取扱例に鑑みれば、地方税法に明文はなくとも、右条例により理由を付すべく義務づけられているものというべきである。そして、理由を記載するかぎりそれは適切な理由でなければならないところ、本件において記載された理由たるや、誤った法条を掲記するのみであって、本文の記載とあいまっても、更正の理由として足りるものとはいえない。

4 かりに、右主張が容れられないとしても、本件更正処分は、事実の認定を誤った違法のものである。即ち、本件更正処分の対象となった一〇二キロリットルの軽油は、特約業者である原告から元売業者である信濃工業に引渡されたものであって、法第七〇〇条の三第一項かっこ書きによって非課税とされるものである。それにも拘らず、被告は右取引がないものとして本件更正処分に及んだのであるから、本件更正処分は事実の誤認による違法な処分である。

5 のみならず、被告は本件軽油が訴外石寺某又は新日本石油に直接引取られた旨の事実を本訴においてはじめて主張するに至ったものであるが、この事実は、本件更正処分当時には、全く被告の認識しなかったところである。かように、更正処分の当時予想しなかったことを訴訟提起後の資料によって主張することは許されないし、また、石寺又は新日本石油が受取ったというが如き選択的主張も許されない。

6 かりに、本件軽油が信濃工業に引渡されたのではなく、石寺に引渡されたものであったとしても、石寺は、本件取引当時は、信濃工業の社員ないし代理人として行動し、原告もこれをそのように信じていたものであるから、表見代理の法理により、原告と信濃工業との間には取引があったと解すべきである。

7 かりに、本件軽油が昭和四一年五月頃新日本石油に引渡されたものとすれば、新日本石油は同年七月一九日まで特別徴収義務者の資格を有し、同日これを喪失したものであるが、資格喪失時には、僅か四・三キロリットルの軽油を保有していたにすぎないのであるから、右七月一九日までの間において、新日本石油ないしは同社からの引取先において、軽油引取税が既に支払われていることとなる。してみれば、本件更正処分(昭和四二年七月一二日付)は二重課税となるから違法である。

四  右に対する被告の反論

(原告の反論1について)

1 原告は、本件処分は、もともと決定の形式でなすべきであるのに更正の形式で行なったから違法であるというのであるが、本件処分は、原告が提出した申告書に基づいて行なわれたのであるから、法第七〇〇条の三〇第二項にいう申告書を提出しなかった場合における決定とは異なるのである。また、右申告書には、法第七〇〇条の三〇第一項にいう法第七〇〇条の一一第二項の規定による申告書と認められるので、更正を行なうべき場合に該当する。

2 かりに、本件処分が決定によってなされるべきであったのに更正によってなされた点で違法であるとしても、決定によっても更正によっても課税標準量又は税額の認定自体には差異がないばかりでなく、法第七〇〇条の三三第一項によって明らかなとおり、更正によるときは不足金額に一〇〇分の五の割合を乗じて計算した金額に相当する過少申告加算金額を徴収されるのに対し、決定によるときは一〇〇分の一〇の割合を乗じて計算した金額に相当する不申告加算金額を徴収されることとなり、更正による方が決定による場合よりも加算金額の算定について原告にとって有利となるのであるから、右処分の違法は、本件処分を無効ならしめるものではないことはもちろん取消原因ともならないと解すべきである。

(反論3について)

1 原告は、本件更正の理由として、更正をすることの地方税法上の根拠規定の掲示のみでは不十分であるというのであるが、本件更正の場合は、青色申告に関する更正にかかる所得税法第一五五条第二項におけるように特に理由の附記を必要とする旨の地方税法上の規定はないのである。しかし、被告は更正理由として前記地方税法上の根拠規定を掲記したのである。

2 なお、原告は、昭和四二年三月二七日被告の実地調査をうけ、証拠書類の提出または呈示を求められているのであり、そのさい本件更正の根拠法規の内容について十分理解されていると判断されたので、被告は処分の根拠規定を記載するにとどめたのである。

そして、右の記載は、被告が本件更正等通知書の理由欄を単なる例示的ないしは無用の争訟を避けるための注意的なものと考えたからではなく、本件更正が原告の申告書を無視した更正ではないことを通知するためになしたものであるということが、本欄の記載自体で明らかであることを前提としているのである。

3 原告の指摘するような東京都都税条例施行規則および様式第一二〇号が定められていることは認めるが、このことによって更正の理由附記が義務づけられたものであるとの主張は争う。東京都においては、実際の取扱としては、右の理由欄には根拠法規を掲記しているのが一般であるが、万一この理由欄の記載を欠いても、それだけで更正決定自体を違法たらしめるものではない。なお、近県の例としては、根拠法規の記載は勿論、様式に理由欄すら設けていないものもある。

(反論5について)

原告は、本件軽油の取引経過が本件更正処分時に判明していなかったことが違法であると主張するもののようであるが、これは次に述べるとおり理由がない。即ち、被告は本件更正にあたり、原告の納入申告書に基づいて信濃工業を調査した結果、同社が原告から本件軽油を引取っていないことを確かめた上で本件更正処分をしたのである。一般に納入申告における非課税の証明については、申告者がしなければならない事項であるから、被告は、原告の申告書の記載事項を調査し、本件軽油が元売である信濃工業に引渡されていない(すなわち、この限りで非課税ではない。)ことを確認すれば足りるのであって、すすんで本件軽油が信濃工業以外のいずれかの元売業者らに引渡されたか否かまでも調査しなければならないわけではない。即ち、本件軽油が非課税であると証明されない限り、総取引数量は申告されているのであるから、その全部について課税せざるをえないのである。よって、その後の本件訴訟の審理の過程において、たまたま本件軽油が信濃工業ではなく、新日本石油ないしは石寺某に原告から直接引渡されたことが判明するに至ったが、このことは、本件軽油が課税すべきものであること、即ち被告の本件処分が正当であったことをいっそう確実に示したものに他ならないのであって、これらの事実は、本件処分時において、被告が判定すべき要件ではないのである。

(反論6について)

原告は、石寺との本件軽油の取引については、石寺を信濃工業の社員ないしは代理人であると信じたのであるから表見代理の成立があると主張する。しかし、石寺は信濃工業の社員でもないし、また信濃工業は、石寺に対し、明示的にも黙示的にも本件取引についての代理権を与えたことを表示したことはない。さらに、表見代理の成立には、解釈上、相手方(本件の場合では原告)の善意無過失が要件とされるが、石寺が昭和四一年三月の原告と信濃工業との取引に単に同席したことがあることのみをもって、原告において石寺が本件取引について信濃工業の代理権を有すると誤信したことには過失があるといわなければならないから、表見代理は成立しない。

(反論7について)

原告は、新日本石油が特別徴収義務者の資格を喪失した昭和四一年七月一九日において、同社の軽油の保有量が四・三五キロリットルであったことから、その時点ですでに本件軽油は課税済みであった筈であり、その後になされた本件更正処分は二重課税であると主張するが、本件更正処分は、新日本石油が特別徴収義務者の資格を喪失する以前である昭和四一年五月分の取引に対してなされたものであり、まさに、本件軽油は、原告が納税してはじめてそれ以後の取引が非課税として扱われるのである。

第三証拠関係≪省略≫

理由

一(1)  原告が法第七〇〇条の二第一項第三号に定める軽油等の特約業者であり、同条の一一第一項の規定により、自己の営業所において直接管理する軽油等の引取に対する軽油引取税の特別徴収義務を負うものであること、(2)原告が昭和四一年六月三〇日被告に対し、法第七〇〇条の一一第五項に基づき、同年五月における次のような内容の軽油引取税納入申告書を提出したこと、

(ア)  五月中における軽油の引取数量 一一四キロリットル

(イ)  五月中における軽油の引渡数量 一一四キロリットル

(ウ)  法第七〇〇条の三(第一項かっこ書き)の規定によって除外される軽油の数量                    一一四キロリットル

(3)  右申告書に添付して、右(ウ)の課税除外軽油のうち

(A)  一二キロリットルは訴外日本更正産業株式会社へ、

(B)  一〇二キロリットルは訴外信濃工業へ、

それぞれ引渡された旨を示す書類も提出されたこと、(4)右申告に対し、被告が同年七月一二日付で課税標準量を一〇〇・九八キロリットル、税額を金一五一万四七〇〇円と更正し、かつ、過少申告加算金七万五七〇〇円の賦課決定をしたこと、(5)これに対して原告が同年八月一一日付で東京都知事に審査請求をしたが、昭和四三年四月二六日付で棄却され、右裁決書の謄本が同年五月一日原告方に送達されたこと、以上の各事実は当事者間に争いがない。

二  原告は、右更正処分は手続の面においても実体の面においても瑕疵があるから違法であると主張するので、以下原告の指摘に従って違法の有無を判断する。

(一)  本件事案は更正によって課税すべき場合か、決定によって課税すべき場合か。

原告は本件処分は法第七〇〇条の三〇第一項に基づいて更正によってなされているが、同条項は第七〇〇条の一一第二項による納入申告書の提出があった場合に更正できると規定しているのであり、本件のように第七〇〇条の一一第五項による無納入申告書の提出があった場合に更正できるとは規定していないから、このような場合は、法第七〇〇条の三〇第二項に従って決定をなすべきであり、従って、本件処分は手続を誤まった点において違法であると主張する。そして、本件更正が原告指摘のとおり、法第七〇〇条の三〇の一項に基づいてなされたものであること、および原告がなした申告が法第七〇〇条の一一第五項に基づくものであることは、いずれも当事者間に争いがない。ところで、法第七〇〇条の三〇第一項は「道府県知事(なお、本件は特別区の事案であるから法第一条第三項の規定により都知事と読み替えられる。以下同じ。)は、第七〇〇条の一一第二項〔特別徴収義務者の納入申告書の提出義務〕の規定による納入申告書又は第七〇〇条の一四〔軽油引取税の申告納付の手続〕の規定による申告書(以下軽油引取税について「申告書」と総称する。)の提出があった場合において、当該納入申告又は申告に係る課税標準量又は税額がその調査したところと異なるときは、これを更正する」と定めているので、文面上は恰も、原告の指摘するとおり法第七〇〇条の一一第五項に基づく申告書にかかる申告については、これを更正すべき場合から除いているかのように読みとれる。

しかし、一般に税法上「更正」と称せられるものは、申告納税方式による租税について、納税者の申告した課税標準又は税額が税法の規定に従っていなかったとき、その他税務官庁の調査したところと異なったときに、当該税務官庁が行なう正しい課税標準ないし税額への変更の処分をいい、このような「更正」と相対する処分として「決定」と称せられるものは、納税者が本来なすべき納税申告を怠った場合に、税務官庁において、その調査により、右納税者が申告すべきであった課税標準および税額を確定する処分をいうものと解されており、これらに対応して、申告義務は尽くされているが、申告内容が過少であった場合、即ちいわゆる過少申告の場合と、もともと申告義務そのものが尽くされていない場合、即ちいわゆる不申告の場合とを区別し、それぞれに対して別異の取扱いをする建前がとられている。本件軽油引取税においても、過少申告を契機とする更正の場合は、不足税額の五パーセントの割合による過少申告加算金が徴収されるのに対し、不申告に対する決定の場合は、税額の一〇パーセントの割合の不申告加算金が徴収されることとなっており、両者には取扱上の区別が存している(法第七〇〇条の三三参照)。このことは、一般に、納税義務者からの申告書が適式に提出されたにも拘らず、更正によらずに右義務者の不利益となる決定によって処分することは、不合理であるか、或は極めて例外的な場合にしかありえないことを意味するものである。

また、法第七〇〇条の一一第五項の定める申告書の提出義務は、次に述べる理由からすれば、同条第二項の定める義務とは独立した別個の義務と見ることができず、寧ろ、同条第二項に定める義務の一場合と解せられる。即ち同条第二項は、「軽油引取税の特別徴収義務者は、毎月末日までに、前月の初日から末日までの間において徴収すべき軽油引取税に係る課税標準たる数量(以下「課税標準量」という。)及び税額並びに第七〇〇条の五又は第七〇〇条の六の規定によって軽油引取税を課さないこととされる引取に係る軽油の数量その他必要な事項を記載した納入申告書を当該特別徴収義務者の営業所所在地の道府県知事に提出し、及びその納入金を当該道府県に納入する義務を負う。納入申告書の様式は、自治省令で定める。」と定めて、軽油引取税の特別徴収義務者の一般的な納入申告義務および納入金の納入義務を明らかにしており、また、同条第五項は「第一項の軽油引取税の特別徴収義務者は、第二項の期間について納入すべき軽油引取額がない場合においても、第二項及び前項(注、免税の証明書を添付して道府県知事の承認を受ける義務を定めた条項)の規定に準じて納入申告書を提出しなければならない。」と定め、納入すべき税額がない場合も第二項による場合と同様な手続による申告書の提出を義務づけている。そして、この場合、第五項が第二項のほかに、前項、即ち免税の承認を受ける手続の規定の準用もしているところからみれば、全く取引がないために納入すべき軽油引取税額がない場合については、第五項の規制の対象には含まれないものと解するのが相当である。ところで、右第二項の規定と第五項の規定とをしさいに比較検討してみると、第五項の規定は、第二項の規定が、「……納入申告書を……提出し、及びその納入金……納入する義務を負う。」と定め、恰も納入すべき納入金が存する場合のことのみを予定し、従って、納入金の納入義務とは別個の、申告書の提出義務が独立して存在するのではなく、申告書を提出し、かつ、納入金を納入するという一個の義務を定めたもののごとくであり(そして実際上も、右規定の目標とするところは、まさに右の方法による徴税にあるといってもよいであろう。)、計算上納入金の額がゼロとなり、従って納入金の納入義務が発生しない場合においても、なお申告書の提出義務が独立して存するとみるべきか否かについては、文理上はどちらにも解釈しうるところであるため、そのような場合も申告書の提出を必要とする旨を注意的に明言したものと解することができる。従って、結局、第五項の規定は、実質的には第二項についての解釈規定に他ならないとみるべきであるから、第五項による申告提出の義務の実体は、第二項の義務の一場合にすぎないと解するのが相当である。

以上にのべたような法律的見地からするならば、法第七〇〇条の三〇第一項にいう「第七〇〇条の一一第二項の規定による納入申告書」の概念中には、当然、第七〇〇条の一一第五項によって提出された無納入申告書も含まれるものと解するのが相当である。

なお、本件は、後に判示するとおり、実体的には納入金の納入義務がある場合なのであるから、まさに第二項の規定によって申告書を提出すべき場合に該るのである。ただ原告において納入金の納入義務がない場合であると誤信して、第五項に準拠して申告手続をとったのにすぎないので、かような申告書は、もともと実体法的には、第五項の要件を具えているとはいえないから、本件申告書はこれを第二項による申告書として扱うのが相当であるといえるのである。

そうだとすれば、本件事案においては、更正によるべきであって、決定によるべきではないことが明らかであるから、この点に関する原告の主張は失当である。

(二)  更正処分としての形式に瑕疵があるか否か

原告は、かりに本件において更正による課税が許されるとしても、更正の内容が、申告内容のうちの、原告と信濃工業との間の引取関係のみについてなされており、原告と日本更正産業株式会社との間の引取関係についてなされていないから、違法である、と主張するが、そもそも更正は、申告にかかる課税標準量又は税額がその総計において道府県知事(本件では都知事)の調査したところと異なるとき、これを調査した結果の正しい数額に改めることに他ならないのであるから、その際、どの取引についての、どの課税標準量又は税額を、どのような根拠で、どれだけ修正したかとか、どの取引については、修正せずそのままであるというような、個々の具体的な詳細な事実までも示すことを必要とするのではなく、結果として、全体の課税標準量がどれだけの額となったか、支払うべき税額がどれだけの額となったかを示すことを必要とし、また、これをもって足りるものと解すべきである。そして、≪証拠省略≫によれば、本件更正通知書には、更正による課税標準量が一〇〇・九八キロリットルであり、その税額が一五一万四九〇〇円であること、既に確定した(即ち申告された)課税標準量はゼロであり、税額もゼロであること、従って差引増加した課税標準量が一〇〇・九八キロリットルであり、また納入することとなった税額が一五一万四九〇〇円であることが明記されていることを認めることができるので、本件更正の方式は適法というべきであって、右と異なる法的見解に基づく原告の前記非難は当らない。

(三)  本件更正について理由を示す必要の有無

原告は、本件更正は理由を示さない違法があるとし、本件更正の通知書には、理由として、「地方税法第七〇〇条の三〇第一項の規定による更正よび第七〇〇条の三三第一項の規定による加算金」と記載されているにすぎないが、これでは理由の記載として不備であると指摘する。しかし、軽油引取税の更正に関しては、理由を附記すべき旨を定めた別段の規定はないし、また、元来すべての行政処分について、必ずしもその処分の際に理由を明示する必要があるものと解すべきではないから、原告の主張は、その前提において採ることができない。尤も、原告は、さらに、東京都都税条例施行規則第三八条によれば、「更正、決定の通知は、更正、決定等通知書による。」とされ、第一二〇号様式として、更正、決定等の通知書の様式が制定され、そこには理由記載欄も設けられているから、これによって更正、決定の理由も通知すべき義務が設定されたものであると主張する。

そして、右指摘のごとき内容の施行規則および様式第一二〇号が定められていることは、当事者間に争いがない。しかし、右のような定めがあるからといって、そのことだけから直ちに、原告主張のように、条例が明文をもって理由の通知を義務づけることに至ったごとくに解することはできないのであって、右の定めは、ただ更正決定の通知の方法として、理由記載欄を備えた様式の通知書を使用しなければならないという建前であることを示しているにすぎないとみるべきである。即ち、右理由記載欄の記入事項は、必要的記載事項と解すべきではなく、任意的記載事項と解するのが相当である。

のみならず、実際にも、≪証拠省略≫によれば、右の様式による通知書の理由記載欄は縦約一・二センチ、横約一二・八センチの長方形の部分にすぎないことが誤められるが、これでは、せいぜい被告指摘のとおり、根拠条文を記入する程度の余地しかない。従って、このような事実からみても、右の第一二〇号様式は、更正、決定等の詳細な理由を記入することを予定して制定されたものでないことが窺知しうるのである。してみれば、たとい右様式に従った更正の通知書の理由記載欄が、空欄のまま、何も記載されていなかったとしても、他の欄の必要的な記載部分が完備していさえすれば、更正の通知としては欠けるところがないものというべきである。ところで、本件においては、≪証拠省略≫によれば、右理由記載欄に記載された事項は、原告指摘のとおり、更正および加算金決定の根拠法規であるが、それが内容的に正しいものであることは、前記判示により、明らかなところであり、また、理由記載欄以外の必要的記載事項の完全に記載されていることは、≪証拠省略≫の記載にてらし明らかである。なお、原告は、右様式第一二〇号による理由記載欄には、一般に条文上の根拠ばかりでなくより詳細な処分の理由を記入する扱いがあるかのごとき主張をするが、そのような慣行の存在を認めるに足りる証拠はない。結局、本件の理由記載欄の記載は、任意的記載事項として適法なものというべきであって、原告のこの点に関する主張もまた失当といわなければならない。

(四)  本件更正の内容の違法の有無

被告は本件更正の対象となった一〇二キロリットルの軽油は、昭和四一年五月六日石寺某又は新日本石油(いずれも元売業者ではない。)に引取られたものであり、かつ、右取引についてはなんら免税の事由がないから、原告には軽油引取税の納入義務があると主張するのに対し原告はこれを争い、右軽油は元売業者である信濃工業に引取られたものであるから、原告には軽油引取税の納入義務がないと主張するので、この点を判断する。

≪証拠省略≫を総合すれば、次の事実を認めることができる。即ち、元売業者である信濃工業は、昭和四一年初め頃、軽油の買付先を捜し求めていたが、社長の知合いの訴外長尾次夫の紹介で、特約業者である原告と取引をするようになり、同年三月一九日に一〇二キロリットル、同月二三日に一〇一・三五キロリットルの軽油をそれぞれ税抜きの値段で買受けるに至った。尤も、右買受けにかかる軽油は、直ちに新日本石油に転売することとなっていたので、信濃工業の社長信濃健は、前記長尾次夫から原告を紹介された当初から、その後の三月二三日に行なわれた第二回目の軽油の引取に至るまで、原告と取引の交渉を行なう度毎に、必ず新日本石油の社員である石寺某を同道して立合わせたため、原告側ではとくに石寺が信濃工業の社員であると紹介されたわけではないが、同人を信濃工業の社員であると誤信するに至った。ところで、石寺にせよその所属する新日本石油にせよ、いずれも元売業者の資格を有していなかったから、もしこれらの者が直接原告から軽油を買付けるとすれば、特別徴収義務者である原告は、信濃工業に対して売却する場合とは異なり、その取引については軽油引取税を納入する義務があったので、税込みの値断でなければ売却する筈はなかったのであるが、石寺は、原告の社員が石寺を信濃工業の社員であると思い込んでいることを知るや、これを利用して税抜き価額で軽油を入手しようと企て、信濃工業からはなんの代理権も与えられておらず、まして同社の社員でもないにも拘らず、あたかも代理権のある同社の社員であるように装って、昭和四一年五月初め頃、原告に対し、信濃工業がさらに第三回目として軽油の買付をしたい旨申向けて原告を欺罔し、その結果、真実信濃工業から前二回にひきつづいて第三回目の軽油の買付の申入れがあったものと誤信した原告が、右申入れを承諾するや、昭和四一年五月六日税抜きの対価を支払って一〇二キロリットルの軽油を原告から直接石寺の支配下に引取ったものであって、信濃工業は、右の取引については、名義を冒用されこそすれ、全く何も関知しなかったものである。

証拠判断≪省略≫

以上の事実に基づけば、特別徴収義務者である原告は、昭和四一年五月六日、軽油一〇二キロリットルを元売業者たる資格のない石寺某に引渡したものであり、かつ、右取引が他に免税となるような事情のないことは弁論の全趣旨から明らかであるから、右の軽油の引取については、原告は、軽油引取税の納入義務があるものといわなければならない。よって、この点に関する原告の主張は失当である。

(五)  理由の追加および選択的主張の可否について

原告は、被告が本件軽油は石寺某又は新日本石油に直接引取られたものであるとの主張を本訴においてはじめてしたのであるが、かように、更正処分の当時に予想しなかったことを訴提起後の資料によって主張することは許されないと主張する。しかし、一般に更正または審査決定の当時考慮されなかった事実を、処分を正当とする理由として、訴訟の過程に至って新たに主張することは可能というべきである(最高裁判所第三小法廷昭和四二年九月一二日判決昭和三九年(行ツ)第六五号事件参照)から、原告の右主張は採用できない。また、原告は、被告が本件軽油の引取先について、石寺又は新日本石油と選択的に主張したことは違法であるともいうが、訴訟上、攻撃防禦方法としての事実上の主張を選択的に行なうことは、当然許されるのであるから、この点の原告の主張も失当である。

(六)  表見代理の成否

原告は、本件軽油がかりに石寺某に引取られたとしても表見代理の関係が成立することにより原告と信濃工業との間に取引があったものと解すべきであると主張するが、前示認定の事実関係からすれば、信濃工業が石寺某の行為につき表見代理の法理による責任を負うべきいわれは見出しがたく、他に右責任を負うべき原因となる事実を認めるに足りる証拠はない。のみならず、そもそも軽油引取税は引取の事実に基づいて徴収さるべきものであるから、表見代理による責任の成否とは直接の関係がなく、原告の主張はそれ自体失当である。

(七)  二重課税の主張について

原告は、本件軽油については、昭和四一年七月一九日頃までの間に、その後の流通過程において軽油引取税が既に支払われているにも拘らず、それよりも後である昭和四二年七月一二日付の更正処分によって課税することは二重課税であるから許されないと主張する。しかし、本件軽油について、昭和四一年五月六日以後、同年七月一九日頃までの間の引取について課税されたことを認めるに足りる証拠はないのみならず、かりにそのような課税がなされていたとしても、本件更正による課税は、もともと昭和四一年五月六日の引取の事実についてなされたものであって、本件で二重課税の問題が生じうる「すでに軽油引取税を課された軽油に係る引取」(法第七〇〇条の五第三号参照)にあたるのは、本件更正の対象となった引取ではなく、むしろ反対にその後になされた課税の対象となった引取であるから、本件課税が原告指摘の課税との関係で二重課税となることはありえず、従って原告のこの点に関する主張もまた失当というほかはない。

五  以上のとおりであって被告の行なった本件処分は、手続上も実体上も適法と認められるから、これが違法であることを前提としてその取消しを求める原告の本訴請求は理由がない。よって、原告の請求はこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用のうえ、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高津環 裁判官 小木曽競 海保寛)

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